姑獲鳥の夏

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

「ウブメ」が一発で「姑獲鳥」に変換できたのに驚きました。すごいぞATOK。それはおいといて、文庫とは言え600ページ超。読む前はその厚さに読み始めるのを躊躇するんだけど、いざ読み始めるとその厚さを忘れて読みふけり、読み終えた後は厚さにふさわしく腹一杯になるという充実した読書体験が出来た。サクサク読めてかつ重い本ってのは素晴らしい。

古本屋・京極堂の主人にして陰陽師である中禅寺秋彦(通称・京極堂)が探偵役のシリーズの第一弾。妊娠二十ヶ月の人がいまして、その旦那さんは密室から失踪したらしいですよ。どういうことでしょう。みたいな事件に挑む。

この作品の何が一番いいかと言うと、京極堂の蘊蓄とその解釈。特に憑物筋を民俗社会における不条理や不公平の説明装置とする話が非常に面白かった。

語り手であるところの文士・関口が夢見がちでダウナー系の人なせいも手伝って前半の事件パートは伝奇物語のような雰囲気があるんだけど、後半になってそのオカルト的だった雰囲気を京極堂が饒舌蘊蓄理屈パワーでぶち壊していくのが凄かった。この世には不思議なことなんて無い、不思議だなんて思うのは当人の限られたちっぽけな常識や経験や思い込みのみで判断するからだ。ってな訳でスーパー知識人であるところの京極堂センセイが不可思議な出来事を現実の世界に着地させていく。事件のトリック自体はそんなんありかいって感じのトンデモ系だったんだけど、その周囲の事情を民俗学的知見に基づいて解釈していく過程が素晴らしい。憑物とか呪いとかの話がどうして生まれたかなんてこれまで考えたこともなかったけど、こうもあざやかに理屈付けできるとは。感動しました。ありがとうございました。